電話

今日は、彼の出張がない日。
いつもどおり彼と一緒に会社を出た。

いつもどおり、で、いいのかな。
嬉しいんだけど、力いっぱい彼に引きずられてる。
さっさと帰ればよさそうなもんなのに
彼はよそで喋ってるし、
彼が帰らないから、私も先輩と話してるし。
なんか、意地の張り合いみたい。

ただ、今日は部屋を出るとき彼がゆっくり歩いてたから
先にドア閉めて置いてきた。
どうせエレベーターホールで会うだろうし。

ホールは真っ暗で、外の明かりでようやく顔が見えるくらい。
彼は、広いホールの真中に立ってる私の方に
まっすぐ歩いてくる。

…そんな傍にきたら、捕まえるよ。我慢してるんだから。

体が当たりそうなくらい傍を通り抜けて、彼はいつもどおり窓際へ。
”元気になった?”
彼が訊く。
風邪引いてますよ。まだ。喉痛いし。
それ以上に、疲れてます。
あなたがいるから、毎日楽しい。
でも、無茶してるのは確実に心身に効いてる。
麻薬と一緒。このままいけば何もしなくてもどこかが破綻するだろう。

1階に下りて、外に出ると彼は電話を始めた。
”もしもし、今から帰ります。…うん、帰ったら教えてあげる”
少し、長い電話。といっても、それだけだけど。
子供さんが出たみたいだった。
前回聞いたのと、少し口調が違った。
ほとんど、変らないといえば変らないんだけど。

でもさ。それって、隣に人がいるときにしなくていいと、思わない?
そもそも、いるんだと認識されてないのかな。私。
それとも、私が拗ねるのが見たいわけ？
距離を置きたいといいたいわけ?

人が電話してるのに、傍にいるのも悪いから少し離れて歩いた。
他愛もない話をして別れる。いつもどおり。

引きずられちゃ、ダメだし、引きずられる理由も何もない。
そう思うのに。
そばにいると楽しそうに見えるから、近づいてしまう。